賈樟柯発言集が1冊に

中国映画の旗手賈樟柯監督の発言集が1冊になりました。
これを超える発言集は中国にも存在しません。
賈樟柯説賈樟柯
A5版、530ページ。
映画製作を開始してから10年。
発言130本を日本語に翻訳。
独占インタビュー3本を加え1冊に集約。
写真50枚以上掲載。


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ネット注文または発売元の星雲社で入手できます。
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# by kai-shi | 2009-06-21 12:09 | 賈樟柯  

賈樟柯:初めに

  初 め に  
 1999年の秋、第4回上海国際映画祭の主会場である上海影城のチケットセンターのカウンターに1枚のパンフレットが載っていた。ざら紙に黒いインクで「《小武》学術上映会」と書かれ、その日の夕方から華東師範大学構内で上映会がひらかれるという。さっそくタクシーで会場に向かった。大学構内の階段教室前の廊下は若い人たちであふれていた。その中に、ふっくらした顔つきの小柄な人物がいた。それが賈監督との最初の出会いだった。階段教室の中は若者たちでもっといっぱいだった。座席と座席の間の通路だけでなく教壇の近くまで座り込んだ若者たちでいっぱいだった。
   この熱気は一体なんだ。彼らをこんなに熱くさせる映画とは。当時、日本では中国映画と言えば、第五世代と呼ばれる監督たちの作品が代表するとされていた。しかし、実のところ彼らの作品に対する関心が次第に薄れて来ているのを感じていた。特に《覇王別姫》後の作品は「何か違ってきた」と感じざるをえなかった。
   やがて上映が始まった。画面はそれまで見て来た中国映画の映像とは全く違うざらざらとした感じだった。主人公も美人や英雄ではなく、中国の田舎の街の冴えない青年だった。彼の「仕事」はスリ。改革開放政策の中で大きく動き出した社会は、田舎町の青年の巡りにも及び、それまでの秩序が変わりはじめていた。新しい変化が否応無く押し寄せる一方で、青年たちの心にも暮らしにも人間関係にも大きな亀裂が生まれていた。カメラが、手錠で電柱にくくり付けられた主人公の視線になって、彼を見つめる群衆を見つめる。そこで唐突に影像はカットされた。
   上映が終わると若者たちから監督に向かって次々と質問が富んだ。その熱気は1時間近く続き、上映会が終了したのは夜の9時を回っていた。新しい時代が始まりつつあるのを感じた。賈監督とともに教室の外にでると、晴れ渡った夜空に月が煌煌と輝いて見下ろしていた。《世界》のラストの台詞ではないが、賈監督との関わりはこの日「まだ始まったばかり」だった。
   10年が経った。賈監督は、常に揺れ動く世の中に暮らす低層の人々に焦点をあて続けて来た。この姿勢は今も変わっていないと編者は考えている。賈監督は、自らの作品についてだけでなく、この1世紀余りの中国の変化に対する考え方にいたるまで、多くのメディアを通じて表明して来た。
   本書は、編者の賈監督への07と08年のインタビューのほか、賈監督の公式ネットページの多くの発言記録、放送・講演会や雑誌上の発言など106本から日本語に訳した。すでに捜し出すのが困難になっている発言も多い。このような発言集は中国に於いても発行されていないと聞いている。彼のその時々の発言をここに集め、再編することによって、今や中国を代表する監督の一人になった賈監督が何を思い、映画を撮り続けているか理解する手助けになれば幸いだ。
   なお、この日本語訳については、中国語原文との対訳原稿を賈監督自身にお渡しして発表許可を得てありますので、ご留意ください。

2008年7月20日
   開始工作坊
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# by KAI-SHI | 2009-03-02 22:59 | 賈樟柯  

賈樟柯監督の全発言を公開します

賈樟柯説賈樟柯


賈樟柯監督の全発言を公開します。
発言の日本語訳公開については、賈監督自身から許可を得ていますので、ご注意ください。
主としてこれまでにこのページ「開始工作坊」で紹介してきた「発言」を再編集してあります。
日本でも今春公開予定の最新作《24城記》についての発言、「開始工作坊」の長時間直撃インタビューも含まれています。
間もなく公開します。


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# by KAI-SHI | 2009-03-02 11:57 | 賈樟柯  

カンヌに賈監督の最新作《二十四城記》がノミネート

61回カンヌ映画祭に賈樟柯監督の最新作《二十四城記》がノミネートされ、金棕櫚賞を争うことになった。
中国作品はこの一作のみで、韓国や日本からのノミネートはなかった。
ノミネートは一時発表が延期された後、4月23日の発表になった。ノミネートは合計19作品。

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《二十四城記》の構想について、開始工作坊に語る賈樟柯監督。07年6月、監督の故郷山西省汾陽市内で。
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# by Kai-shi | 2008-04-23 21:29 | 賈樟柯  

応亮《アザー・ハーフ》その3

応亮《アザー・ハーフ》その3
  非職業俳優の使用について、応亮監督は06年5期の《電影芸術》誌で、次のように説明している。

  「私は職業俳優があまり好きではない、外国の俳優の演技方式は比較的よくその土地の人の実際の招待を反映している、しかし中国の職業俳優の演技方式は超現実主義的であり、非常に滑稽だ。だから、私は彼らを必要としないし、いわんや映画それ自身も決してどのような「演技」も必要とはしない、生活の日常の状態が復元されれば十分だ。」

  「現場では、私の仕事のやり方はこんなものだ:カットボードは使わないし、記録表も使わず、”54321”スタートと大声を出すこともない。もしそのようにすれば、俳優の気持ちにとても影響があり、我々はできる限り彼らを気楽にさせなければならない。《アヒルを…》を撮ったときは、個別の室内と夜間の演技を除いて、少量のライトを使ったほかは、大部分の現場では、私と彭姍の2人と1台の小さなDVしかなく、こうすればくつろいだ雰囲気をつくる助けになる。今度の《アザー・ハーフ》では、数人増えたが、基本状況はあまり違わない。」

  「とても演技の才能がある人に逢ったことがある、例えば《アヒルを…》で警察官を演じたひとがそれだ。彼はある食堂の主人で、彼の演技の才能は生まれつきのものだった。彼は最初に撮影に参加した日、2つの場面を撮った、一つは橋の上で徐雲を追いかけた場面で、もう一つは彼がトイレでひげを剃りながら徐雲と話す場面だ。この二つの場面を撮り終えた時、彼は完全に理解していた、その後彼は演技をするときはいつも、すべて自分の役割と人物を理解できていた。彼は常に同じ演技のスタンスと、同じ台詞、同じ動作と雰囲気を維持でき、この点だけでもすばらしい。今回の《アザー・ハーフ》でも、いくつかのこのような演技があった。そして私が出会った絶対多数の人は「正常」な普通の人であり、私の常識によって撮影しさえすれば、彼らは常に配役を十分にこなした。映画では演技は必要なく、生活の普通の状態が復元できれば十分だ。」
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# by KAI-SHI | 2007-11-11 19:29 | 第六世代  

応亮《アザー・ハーフ》その2

応亮《アザー・ハーフ》その2
  主人公のアップで始まる。前作で、主人公の少年が、父親を連れ戻すために自貢の街に行くのだとカメラのこちら側の母親に訴える場面で始まったように。法律事務所の就職面接に来てカメラのこちら側にいる面接官に答える小芬。この主人公をめぐる物語に並行して、環境に配慮して操業していると言う化学工場の事故と環境汚染が描かれる。主人公を巡る物語にも化学工場の物語にも偽りが潜んでいることが描かれる。

  主人公は男と同棲している。その男はなにをして暮らしているのか示されない。ただ、時に酔って、暴力もふるう、しかし主人公はこの男を信じているようだ。

  主人公が働く法律事務所には、次々と女たちが相談にやってくる。「別れた夫から子供の養育権を取り戻したい女」「台湾の男と早く別れたいと言う女」「軍人の夫に毎日のように殴られ、顔の腫れ上がった女。軍属には離婚の自由はないという」「童養嫁として売られ、70歳になる今も愛情が感じられず別れたいと言う女」「子供ができて学校を追放された18歳は、学校に報復したいという」……13人が次々とカメラに向かって訴える。主人公の母親にも子供に語っていなかった秘密があった。突然、死んだと言われて来た父親が新彊から帰ってくる。事業に成功したので一緒に住みたいと言う。母親もそれを受け入れて、家を捜しに出かけることになる。

  一方で、ラジオなどから市内の化学工場の環境対策の進展とそれを讃える放送が、何度となく画面に流れる。そしてある日、眠っていた主人公は「ボン」という大きな音で目覚める。化学工場で爆発事故があり、有毒なガスが市内に広がり始める。当局は市民に地下壕への避難を呼びかけるが、ついには市内からの脱出を指示する。公安関係者も市街に脱出することに。主人公とその周辺の人たちの暮らしに多くの偽りが潜んでいたのと同じように、化学工場を讃える放送にも偽りが潜んでいた。避難した防空壕で母親は、父親が新彊に戻ったと話す。ダンスホールで働く幼なじみも、アメリカに行くとか台湾に行くことが決まったとか言っダていたが、それは台湾への密航だったことが分かる。福建から乗った密航船の中で窒息し、遺体となって帰ってくる。

  ある日、主人公の男は、殺人事件の嫌疑をかけられ、自貢の街から姿を消す。その容疑が晴れた後も主人公のもとに戻ってはこなかった。彼を捜して主人公は、幼なじみの警官の止めるのも聞かず有毒ガスの蔓延する街に戻って行こうとして橋の上で倒れてしまう。

  画面はここでカラーからモノクロに変わる。前作でも主人公の少年が故郷に戻るところで画面がモノクロに変わった。今回は、主人公の出勤途中にある麻雀店(そこが以前は結婚衣装の店だったことにも何かを映している)が火事になり客たちがバケツで火を消そうとしている場面が逆まわしになる。それにかぶって、いなくなっていた男の電話の声が流れる。「頭を剃るか、白くすれば運が開けると言われた。白く染めて上海に行ったら運が開けた。いま上海で飲食店をして成功している。新しい人生が始まった」

  主人公には、もう「新しい人生」はない。
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# by KAI-SHI | 2007-11-11 16:39 | 第六世代